靴年表

西暦 年号靴業界の歩み社会経済
1868明治元年西村勝三/横浜で外国商館と直接取引き、
大総督府用達となる。
4月江戸城明け渡し。
7月江戸を東京と改める。
9月明治と改元。
1869明治二年伏見駐在の親衛隊が軍靴を着用。
西村勝三/大村益次郎の命により
軍靴を納入。
藤田伝三郎/この秋、大阪で靴を
製造したと伝えられる。
6月版籍奉還。
7月兵部省設置。
9月蝦夷地を北海道と改称。
1870明治三年西村勝三/3月15日築地入船町に
「伊勢勝」造靴場を開業。
4月中国人藩浩を靴教師に雇用。
10月軍靴一万足を受注。
和歌山藩/靴工ハイドケンペルを雇う。
10月工部省を設置。
陸軍はフランス式、
海軍はイギリス式。
「日の丸」を国旗に制定。
鉛版活字印刷に成功。
1871 明治四年 弾直樹/皮革用達命じられる。
靴工ヘンニンゲルを雇用。滝ノ川に
皮革・靴伝習所を開く。
西村勝三/兵部省から軍靴五千足を受注。
製革工場を向島へ移設。
佐倉藩/相済社を設け、子弟に製靴を授産。
和歌山藩/藩営伝習所が民営の
和歌山商会所となる。
7月廃藩置県。
10月府県官制制定。
散髪、制服、廃刀許可、
裸ご法度、
お盆休み実施
1872明治五年西村勝三/「伊勢勝」がレ・マルシャンを
製靴教師として迎える。
弾直樹/1月隅田川に水を求めて製靴所を
浅草橋場町(現/台東区橋場・東京都人権
啓発センター)に移す。
12月事業不振のため
製革を地方橋場1373番地
(現/荒川区南千住・東京ガス内)に、
製靴工場を亀岡町の自邸内
(現/台東区今戸・台東商業高校内)に移す。
大塚岩次郎/2月芝の露月町に開業。
2月陸海軍の2省を設置。

11月宮中の制服を洋服と発表。
女子の断髪が流行。
ポリス、岡蒸汽が流行語。
1873明治六年陸軍の給与として靴は年4足、乗馬隊は
長靴、短靴合わせて4足給与となる。
西村勝三/「伊勢勝」が新聞広告に
作業靴、測量靴の価格などを発表。
大倉組商会設立。
陸軍給与令制定。
明治天皇が初めて断髪。
各地に断髪令を出す。
郵便はがき発行。
1874明治七年陸軍省が軍靴発注を取り消す。
弾直樹/北岡組と組む。
海軍が水兵靴を買い上げる。
西村勝三/「伊勢勝」が築地一丁目に
第二製靴工場を開設。
6月北海道に屯田兵制度。
銀座に煉瓦街できる。
富国強兵が流行語。
1875明治八年西村勝三/「伊勢勝」が銀座三丁目に
靴店を開く。
レ・マルシャン/芝田村町に靴店開業。
1876明治九年岩井信六/靴工として初めて、開拓使に
伴って北海道に渡る。
藤田伝三郎/大阪本田に製革工場を設立。
和歌山/平松芳次郎が和歌山商会所を
所有する。
家禄を廃止、公債を交付。
官吏洋服を着用。
官庁休日は日曜、土曜半ドン。
1877明治十年軍靴間に合わず兵装に草鞋を使用。
西村勝三/「伊勢勝」が経営難から
依田西村組として再出発。
上野公園で第一回内国勧業博覧会を開催。
靴が多数出品される。
2月西南戦争はじまる。
9月城山陥落。
1878明治一一年岩井信六/札幌に靴店第一号を開く。
大塚岩次郎/「鼻しん」考案。
東京府、十五区六郡設定。
官吏の異名として
ドジョウ、ナマズが流行。
1879明治一二年軍靴はゴム靴、短靴、
仕官靴、騎兵靴の四種類となる。
陸軍給与令改正。
アメリカでグッドイヤー
製靴機発明。
1880明治一三年陸軍の軍靴、短靴の甲革を内面使用に改正。
靴工・田中新三/が出稼ぎのため渡米。
舶来品排斥、国産品奨励。
1881明治一四年第二回内国勧業博覧会の出品靴に
進歩見られる。
西村勝三/依田西村組の工員164人、
年産17万5千円。
農商務省設置。
密偵、自由、円太郎、
馬車が流行語。
1882明治一五年西村勝三/陸軍が西村の国産皮革を採用。
レマルシャンが銀座に新店舗開設。
10月日本銀行開業。
「板垣死すとも自由は死せず」
が流行語。
1883明治一六年ドイツから製靴用八方ミシン輸入。7月鹿鳴館時代開く。
1884明治一七年レ・マルシャン/2月1日死去。
西村勝三/依田西村組を桜組と改称。
大塚商店/海軍靴の納入業者となる。
靴工・田中新三/米国から釘打ち式
製靴機械を持ち帰る。
12月朝鮮で内乱。
横須賀鎮守府設置。
1885明治一八年和歌山/平松製靴製革所を大倉組に譲渡。太政官制を廃止。
伊藤博文内閣成立。
一般人は左側通行、
軍隊は右側通行。
1886明治一九年騎兵靴を黒革に改める。
大塚商店/陸軍の軍靴を受注。
西村勝三/渡欧。製革技師クンペンゲルを
雇用。
小学校令、中学校令を公布。
1887明治二十年西村勝三/桜組が国産革をドイツに
はじめて輸出。靴をウラジオストックに
輸出。
大倉、藤田の両組が内外用達会社を設立。
特許局設置。所得税法公布。
"鹿鳴館時代"が流行語。
1888明治二一年東京市内の注文靴業者290名が
「東京靴工組合」を設立。
大倉、藤田/内外用達会社で
工員240名がストライキ。
靴工・城常太郎が渡米。
市制、町村制公布。
可否館(喫茶店)出現。
1889明治二二年西村勝三/皮革の国産化のため神戸に
熱皮会社設立。
西村が理事長となる。
桜組の靴工が「伊勢勝靴工旧友会」
を設立。
関根忠吉ら渡米。
弾直樹/死去。
2月帝国憲法発布。
7月東海道線全通。
1890明治二三年第三回内国勧業博覧会に靴498点出品。
関根忠吉が米国からシンガーミシンを
持ち帰る。
街頭に靴磨き屋が出現。
7月第一回帝国議会召集。
教育勅語発布。
電柱広告始まる。
1891明治二四年陸軍被服廠が工長学舎を
設ける。
上野青森間の鉄道全通。
「民法出でて忠孝滅ぶ」
が流行。
1892明治二五年靴工300名「靴工兵反対」で衆議院に
デモ行進を行い、検束者15名。
革靴一万足をロシア・中国・
東南アジアへ輸出。
日本熱皮会社解散。
大井憲太郎らが東洋自由党
を結成。
1893明治二六年渡米の靴工が「在米日本人靴工
同盟会」を設立。
米国の万国博覧会に靴を出品。
桜組靴工が日本靴工協会を脱退。
1894明治二七年桜組が北品川に製革支工場を増設。日清戦争始まる。
野球(ベースボール)
が流行語。
1895明治二八年第四回内国勧業博覧会を
京都で開催するも
戦争のため靴の出品が減少。
終戦後、三国干渉。
臥薪嘗胆、石ころのカンズメが
流行語。
1896明治二九年桜組が関根忠吉を渡米させ、
製靴法を調査し、機械を購入。
大阪に福島合名会社設立。
軍備拡張十ヵ年計画。
三井呉服店発足。
松屋呉服店開業。
「二重回し」が流行語。
1897明治三十年桜組が北品川に製靴工場を増設し、
分業式の「改良靴」を製造販売。
城常太郎らが「職工義勇会」を
設立し労働運動に入る。
9月米価が騰貴し各地で
米騒動が発生。
活動写真、電気扇
(扇風機)が流行。
1898明治三一年西村勝三/桜組が西村謙吉を
ビルマ、インドに派遣。
6月最初の政党内閣
(大隈重信)が成立。
1899明治三二年日本靴工同盟会(会長・西村勝三)設立。
東京造靴組合(組合長・高橋誠治)設立。
7月外国人の内地雑居許可。
新橋にビヤホールが出現。
1900明治三三年パリ万国博覧会に靴が多数出品される。
東京製皮合資会社設立。
5月北清事変。
重要物産同業組合法公布。
中高帽子、自転車が流行。
1901明治三四年陸軍被服廠が軍靴製造工場を設立。
西村勝三/桜組がドイツから
製靴機械を輸入。
ニ六新報主催の「労働者大懇親会」
に靴工同盟会からも多数参加。
急行列車に食堂車ができる。
東京で裸足を禁止。
社会主義、二十世紀が流行。
1902明治三五年在米日本人靴工同盟会が
創立十周年の祝典。
第一回手工製靴競技会を開催。
桜組、大倉組、東京製皮、福島合名の
各製靴部門を統合して日本製靴㈱を設立。
陸軍被服廠がドイツのモエナス社
からアリアンズ式製靴機を輸入して
軍靴を製造。
桜組が千住に大工場を建設して
本社及び製革部を移転。
1月日英同盟を締結。
児童就学率が90%を越す。
インバネス、パナマ帽
が流行。
1903明治三六年トモエヤがマッケー機を輸入して
「マッキンレイ靴」を発売。
海軍が大塚商店に軍靴所要数量
の80%を発注。
第五回内国勧業博覧会を
大阪市今宮で開催。
日比谷公園を開設。
浅草で初めてイルミ
ネーションに点火。
人生不可解、
アジアは一つが流行。
1904明治三七年戦争で軍靴、軍用皮の需要が増大。2月ロシアに宣戦布告。
うどん、そばが二銭。
三越が呉服店に改組。
1905明治三八年戦勝記念・第二回日本手工製靴
競技会を開催。
大倉組工場と桜組工場で争議が発生。
汽車博覧会(鉄道の移動商品市)に
トモエヤが参加。
1月旅順開城。
5月日本海海戦に勝利。
日露講和条約に調印。
1906明治三九年靴の輸出量が二十八万足になる。
東京製靴奨励会設立。
向島で西村勝三の銅像除幕式。
オイッチニ(廃兵)、
ジンタが流行。
1907明治四十年西村勝三死去。
大手製革3社で日本皮革㈱を設立。
トモエヤが戦後不況で倒産。
戦後の経済恐慌で銀行破綻が
40行に及ぶ。
1908明治四一年陸軍被服廠がアメリカから
グッドイヤー式製靴機を輸入。
小銀行の休業が続出。
1909明治四二年靴業者が大同団結して
東京靴同業組合(第一期組長・高橋誠治)
を設立。参加者650名。
農商務省がロンドンの日英博覧会への
手縫い靴の出品を拒絶。
10月伊藤博文暗殺。
三越呉服店が革靴を販売。
ハイカラが流行。
1910明治四三年大浦農商務大臣が東京靴同業組合
の設立を認可。
日本製靴がドイツからアリアンズ式
製靴機を輸入。
富山共進会で標語の「活動するには
靴をはけ」が評判になる。
8月日韓併合条約調印。
台風で関東地方が
大水害になる。
1911明治四四年第三回日本手工製靴競技会を開催。
不良坪表示に対して東京靴同業組合
から革商に申し入れを行う。
明治製革・朝鮮皮革・山陽皮革創立。
日本皮革の鳳凰印登録許可。
3月工場法公布(大正五年施行)
「元始女性は太陽であった」
が流行語。
1912明治四五年アメリカからの輸入ゴム靴が激増。
陸軍が軍靴を編上靴と長靴の
2種に改める。
1月清国が中華民国となる。
「新しい女」が流行語。
1913大正二年9月大阪靴商工同業組合設立。
1914大正三年日本製靴がグッドイヤー式
製靴機を輸入。
大塚工場でストライキ。
第一次世界大戦で外国からの
原皮輸入がとまる。
大正博覧会を開催。
8月第一次世界大戦に参加、
ドイツに宣戦。
1915大正四年革靴の輸出額が最高記録となる。株価が暴騰し、大戦景気の
発端となる。
1916大正五年輸出品に不良品が出たのを機に
東京と大阪の同業組合で
輸出靴同志会を作り自粛する。
1917大正六年ロシア向け軍靴、一般靴納入で
未曾有の活況を呈す。
東京製靴がグッドイヤー式機械を輸入。
4月大戦景気が下火になる。
「今日は帝劇、あすは三越」
が流行語。
1918大正七年靴材料に不良計量が多いため
同業組合から革商・染革組合に抗議する。
8月米騒動が起こる。
シベリア出兵。
11月連合国がドイツと
休戦条約締結。

〔注〕稲川實氏から、レ・マルシャンや弾直樹他の事項に関して、年表の誤りをご指摘いただくことにより記述を正確にすることができました。この場を借りてお礼申し上げます。2004.07.12

[参考文献] 靴産業百年史・日本靴連盟編、かわとはきもの・靴の歴史散歩(稲川實著)