あくまで履物という根本から逸脱しない提案
1947年に浅草で創業し、後に現在の草加市に工場を移転した久野製靴は、レディースシューズをOEMで生産している老舗メーカー。モデリスタの元で修行を積んだ久野隆志社長は、木型やパターンを自ら手掛け、OEMのクライアントにデザインを提案し、数多くのブランドなどから信頼を得ている。「靴はアート作品ではないので、生活に則した、長く販売できるものを適正価格で作ることを心がけています。時代を読みつつ単調すぎない、いい塩梅で差し引きしながら自己主張だけで終わらないデザインを、クライアントに寄り添いながら提案しています」と久野社長。目指しているのは、思わず履いてしまう履き心地。特別ではなく日常的な靴を作りたいと考えているそうだ。そして、クライアントに寄り添う提案は、ユーザーに寄り添うということ。久野製靴のシューズが、288種類のサイズからオーダーできるサービス〈i/288(ニーハチハチブンノアイ)〉や、サイズマッチングサービス〈マイサイズスタジオ(MY SIZE Studio)〉でも作れることも、ユーザーに寄り添う姿勢と言えるだろう。
スピード感とディスカッションがキーワード
クライアントにデザインを提案する際に、大切にしているのは鮮度だと久野社長は言う。「クライアントが想像しているイメージを形にするのが肝心なんです。まず、デザインの相談を受けたら、相手のイメージを汲み取りつつ、すぐに提案する。数ヶ月も時間をかけて新しいサンプルを製作するのではなく、まずは蓄積している複数のサンプルを瞬時に再構築して、1時間ほどでイメージを共有しています。そのセッションを重ねて、お互いのイメージを擦り合わせていけばいいので、最初はスピード感が大事。靴は、どこの国でも作られているものなので、『あなただから良かった』と言ってもらえるような仕事をしたいと思っています」。
希少な機械と確かな技術で機能面も折り紙付き
デザインが優れているのはもちろん、久野製靴の長い歴史と技術によって、快適な履き心地を実感できる靴作りを行うのも当然のこと。「モデリスタのもとで修行した経験をもとに、パターンの作成から底付けまでの工程を基準化しているんですよ。木型とパターン、パターンと釣り込み、それぞれを連動させるために基準を設けています。特に難しいのは釣り込み。革によって伸びが違うので、釣り込みの微妙なテンションの掛け方で履き心地が変わるから、高い技術力が必要です。だから、型紙をトーラスターに合わせて、少ない工程数で済むように工夫を凝らしています」。久野製靴が使用している釣り込みの機械であるトーラスターは、引っ張るのではなく包むような、手作業の釣り込みに近い感覚で扱えるものを導入している。それは希少なことで、国内で使用するメーカーは珍しい。
レディースシューズならではの課題に向き合い続ける
すべての工程で履き心地を追求するが、履き心地とデザイン性は、諸刃の剣とも話す。「最高の履き心地を求めると、デザイン性が損なわれてしまいます。以前、モデリスタと僕が考える、一番履き心地のいいパンプスを作って検証したことがあります。確かに着用者は、履きやすいと言っていたし、姿勢も良くなった。でも、ヒールの角度などの見た目は良くありませんでした。メンズ以上にレディースシューズは見た目が重要視されるので、デザインが大事。クライアントも、履き心地ばかり良くても、見栄えが悪かったら作りません。だから、そのバランスを大事にしながら、その中で最高の履き心地を提案したいと思っています」。履き心地とデザインの両面で、すべての人を満足させるのは難しい。その加減を見極めて提案してくれるのが久野製靴の強みそのもの。これからもクライアントの意向を汲み取りつつ、世代を超えて共感できる感覚を靴で表現し続ける。