Skip to content Skip to footer

武田製靴株式会社 2022

職人同士が切磋琢磨する、武田製靴によるシェアファクトリー

創業70年を超える老舗の武田製靴は、他と異なる特殊な工房。ここは現在、自社ブランドやOEMを製造するのではなく、会員制のシェアファクトリーとして機能し、個人で活躍する職人を支援する場を提供している。運営している武田和芳社長は、東都製靴工業協同組合などの理事を務めていた経歴を持ち、シェアファクトリーの形態を採用したのは、浅草に伝わる皮革産業を未来に繋ぐためだった。

世界に拡大するシェアの概念を工房にも

モノや空間、ひいては技術を共有するサービス“シェアリングエコノミー(共有経済)”が世界中で注目を浴びている中、国内でも民泊やフードデリバリー、カーシェア、家事代行などが社会に浸透し、市場規模は右肩上がり。今後も新たなサービスが続々と登場する兆しが見えている。そんな“シェア”をキーワードに、働き方と消費に新たな潮流が生まれた現代で武田製靴がとっている姿は、会員制のシェア工房だ。職人が会員として所属し、各々が作業をこなす日々を送られている。

 

武田製靴が「シェアファクトリー浅草」として再始動したのは2012年のこと。当時の国内は、シェアオフィスがまばらにオープンしていたが、シェアの概念自体はまだ十分に普及していない状況だった。しかし、アメリカ・シリコンバレーではシェアリングエコノミーが拡大し始めていて、そんな時代の確かな先見の明を持ち、シェアファクトリーを取り入れた武田製靴代表の武田和芳社長は、当時をこのように振り返る。「20年以上前から、各自が固定資産を持つことはもったいないと感じていて、共有するのは当然と考えていました。しかし、当時は武田製靴で職人を雇っていたため、簡単にシェアファクトリーへ舵を切ることができませんでした」。

柔軟性を持ち、時代に寄り添うビジネスモデルに

武田製靴は創業1947年の老舗。武田社長が2代目の代表に就任してから30年ほど経つ中で、現在のシェア工房に至るまでさまざまな変遷を遂げてきた。もともとは紳士靴や婦人靴などの自社ブランドを量産し卸していたが、製造から販売までを手がけるSPA(製造小売業)ビジネスモデルにシフト。小売店も営み、最大で約20店舗を展開するほどに。その後はエクスペリエンスエコノミー(経験経済)の形態をとり、臨場感溢れる工房の中でオーダーメイドの一足を製作する体験が話題を呼んで、全国各地から訪れる人が後を絶たなかったそうだ。「変わったことをやっているように見えるかもしれませんが、世界の時流に乗っているだけなんです」と武田社長。

 

やがて前述のようにシェアリングエコノミーの潮流を予見し、海外に移行する大量生産に変わる新たな価値観を思案した武田社長。じっくりと時間を掛けながら在籍していた職人の独立を斡旋し、国内では珍しい民間のシェア工房「シェアファクトリー浅草」をオープンさせた。すると各地から問い合わせや見学希望が届き、最大で会員登録20人弱もの大所帯に成長。再び大きな脚光を浴びる存在となった。

靴職人以外も所属している多種多様な会員の形

会員システムは、曜日や時間で分類。9時から21時までフルタイムで工房を利用できる“全日会員”を始め、それと同じ時間帯を利用できる“平日会員”や“土日祝日会員”、そして10時から17時までの“日中会員”と17時から21時までの“夜間会員”、以上の6種類を用意。選択肢が多いので、会員となる職人は自身の都合に合わせやすい。所属するのは、レザーブランドを手掛ける人がいれば、メーカーで働きながら独立を目指しスキルを高める人の姿もあり、それぞれが真摯に作業を行なっている。

 

誰しもがシェアフェクトリーの会員になれる訳ではなく、個々で一足を作り上げ、それぞれが抱える顧客に納品できるのが条件であり、武田社長との面談を経た上で正式に一員に慣れるかどうかが決まる。ちなみに靴職人以外でも、その道のプロであれば受け入れているそうだ。「靴以外に、ベルトや財布を製作している職人が所属していますし、個人商社として活動している方が会員だったこともあります。他の会員が要望する資材を、人脈を駆使して調達してくれていました。その他、宝石職人や帽子職人なども所属していて、会員間で仕事が生まれて新しい流れを作っています。工房には詳細なルールはあるけれど、基本的に自己責任と自己管理。それぞれが個人事業主なので、僕が必要以上に口出しするのは失礼ですからね。互いが尊重し合うことで持続可能な事業です」。

知識と技術もシェアできる梁山泊のように

シェアファクトリー浅草の会員は、6畳ほどの広さの個人スペースに加えて、武田製靴が保有するミシンや圧着機などの製作に必要な機械を利用することができるため、工房を構えるネックとなる設備の初期投資が不要だ。気鋭の若手職人にとっては嬉しいポイントであり、浅草の伝統ある靴職人の育成にも繋がっている。そして、それ以外にシェアファクトリーならではのある利点を、武田社長はこのように話す。「会員同士が、情報やスキルをシェアして切磋琢磨できる、梁山泊のようなイメージを当初から持っていました。独立して一人で作業していると相談する相手もいないし、果たして自分のやっていることは正しいのか、と不安になることもあるはず。ここの会員はそれぞれが経営者であり対等な関係なので、お互いの考えを共有しています。時折、交流の場として飲み会を開催して、僕が経営哲学を語ることも(笑)。シリコンバレー発のシェアリングエコノミーの考え方に近い、東洋思想の分け合う、一視同仁の心を大事にしています」。

 

武田社長が思い描いたように、会員同士の交流は貴重なものとなった。例えば、以前所属していた会員が海外に靴工場を設立する際、他の会員を工場長にスカウトし、一緒に独立していったケースがある。また、自らの工房を構えているが、ここでの交流を目的に所属している会員もいるそうだ。本物志向の表現者たちがひとつ屋根の下に集い、組合のように良好な関係性を築いている。

シェアファクトリーに辿り着いた会員の声

作業していた会員に話を聞いてみると、「ここの会員になる前は、靴の修理屋で働いていました。独立して、浅草で工房を構えようと物件を探しましたが、やはり家賃が高いところが懸念点。でも、ここなら設備の初期投資が要らず、すぐに始められるのが魅力でした。他の職人との交流もあって、特定の加工をしてくれる業者を教え合ったりできるので、とても居心地がいいんです」。そして、居合わせたもう一人の会員は、作り手ではないと話す。「僕は革靴の企画営業をしています。前職は埼玉が拠点でしたが、毎日浅草で材料を買い付けたり、職人さんのところを回ったりしていたんですよ。独立をしようと考えていたら、すでに会員として所属していた方に誘っていただき加入しました。浅草には材料屋さんや問屋さんが多いので動きやすくなりましたし、この場所以外でも浅草に知り合いが増えました。そして、他の会員から分からないことを教えてもらえて勉強になっています」。

若さと繋がりに浅草皮革産業の未来を託す

国内の靴職人は高齢化が進み、低価格で実現する海外製造によって縮小していく業界の現実。しかし、国内屈指の技術が浅草に残っている。その灯火を継承するべく、若手職人が参入しやすい環境を整えた武田製靴。本来、こだわり抜いた自社製品を提供して履く人に喜んでもらいたいという思いがあったが、それ以上に靴職人の存続を願った結果がシェア工房だった。靴職人を筆頭に様々な活動をする会員が寄り合い、横の繋がりを深めることで、これから先は海外の大量生産品にはない、価値ある浅草の皮革産業やモノ作り文化を盛り上げてくれることだろう。

皮革製品の中でも、パーツを多用し技術を要する革靴の製作が特に難しい。レザー小物を製作する会員も、革靴を作る技術を有する。
武田製靴が所有する設備を利用して、会員は自身のブランドや顧客からの要望に応えたデザインを仕上げる。
黙々と作業をこなす会員。製作に没頭する時間があれば、他の会員と相談したりすることも。基本は一人の作業だが、一人ではない。
武田製靴の代表を務める武田和芳社長。国内外のビジネスに造詣が深く、個人事業主として活動している会員からの信頼も厚い。